脚延長手術 体験談:心理カウンセラーである私が、この手術を選んだ理由
不思議なことに、私は今、心理カウンセラーとして人の悩みに寄り添う仕事をしています。しかし、自分自身の身長へのコンプレックスだけは、どうしても受け入れることができませんでした。
15歳のころ、周囲がどんどん成長していく中で自分だけが変わらず、胸の奥に残った劣等感は、公務員として働き始めた23歳になっても消えることはありませんでした。
過去に試した「すべての方法」
当時インターネットで見つけたもの、知人から聞いたもの、とにかく「身長が伸びる」と言われる方法は片っ端から試しました。今思えば本が一冊書けるほどの試行錯誤でした。
そんな私が、24歳のときに行き着いたのが脚延長手術でした。
しかし私は、注射一本でさえ怖くて逃げたくなるほどの小心者です。そんな人間が、脚に12本のピンを刺し、1年以上生活できるのか?
しかも当時のトルコでは、まだ手術例が少なく、情報も十分ではありませんでした。
それでも決断した理由
本来なら、時間をかけて不安と向き合うべきでした。
しかし当時の私は、まるで恋に落ちたかのように「チャンス」だと思い込み、勢いのまま前へ進んでしまいました。それほどまでに“身長を変えたい”という気持ちが強かったのです。
Holyfix法での手術と15ヶ月にわたる生活
私が受けたのは「Holyfix」という外固定法でした。Ilizarovに似ていますが、より軽く、現代的な器具です。しかし私は術後5ヶ月経っても骨が癒合せず、結果として15ヶ月と12日間、ピンとともに生活することになりました。
12本のピンが刺さった脚で歩く姿は、自分で言うのも奇妙ですが、まるでペンギンのようでした。立つにも歩くにも誰かの支えが必要で、一人では何もできませんでした。
大腿骨延長の現実は厳しい
私が行ったのは大腿骨(太もも)の延長でした。この部位は痛みが強く、関節可動域も大きく制限されます。
そのため術後しばらく、横向きで寝ることすらできず、背中と腰の皮膚は圧迫で傷つき、眠ること自体が苦痛でした。
この経験を伝える理由
振り返ると、人生で最も過酷な時間のひとつでした。
それでも私は、あの決断を後悔していません。
なぜなら、心のどこかで「変わりたい」「諦めたくない」という小さな声が、確かに私を支えていたからです。

脚延長手術 体験談:6cmのために費やした15ヶ月と、心の変化
まず最初にお伝えしたいのは、ここに書く内容はあくまで私個人の経験であり、誰にでも脚延長手術を勧めたいという意図はないということです。
私が手術を選んだのは、「普通に生きるための選択肢がほかにない」と感じるほど強い葛藤と、2年以上向き合い続けた末の決断でした。こうした覚悟がある人にだけ、この手術は向いていると思います。
後悔のない15ヶ月
振り返ってみても、私はあの15ヶ月と12日間を一度も後悔していません。
執着が強すぎたと言われればそれまでですが、6cmのためならどんな困難も越えられるという気持ちが、あの長い時間を支えてくれました。効率的とは言えなかったかもしれません。それでも当時の私は、それが唯一の道だと信じていました。
そして器具が外れた瞬間、長い暗闇の中で見えなかった光が突然差し込みました。
「背が伸びた?」「雰囲気が変わったね」と言われるたびに、胸の奥が温かくなるのを感じました。太陽の下で胸を張って立つだけで、すべての苦しみが報われたように感じたのを覚えています。
靴に隠れたもう一つの執着
しかし、順調に見えていた私にはひとつだけ手放せないものがありました。それがシークレットシューズです。
執着は10段階中3〜4に減ったと思っていたのに、この靴がもたらす心理的影響を甘く見ていました。
この靴に慣れてしまうと、脱いだ瞬間に不安が生まれます。
靴によって得た数cmを「自分の本当の姿」と錯覚してしまうのです。手術前は靴を履いてもまだ「低い」と感じていましたが、今は靴を履くと「普通」に感じられます。
以前は「身長」の話題になると手のひらに汗がにじみ、視線を落として黙り込んでいました。
ところが今では、身長についての冗談すら軽く返せるようになりました。
この変化を経て、私は生徒たちに「現実的な目標を持つこと」の大切さを伝えるようになりました。
努力は尊いものですが、現実を見つめる力も同じくらい重要です。たとえば、極端に身長が低い人がプロバスケット選手を目指すのは、努力だけで届く世界ではないかもしれません。
そして、2回目の手術へ
シークレットシューズで得た高さの心地よさ、そして「170cmを超えれば安心できる」という感覚――
それらが静かに背中を押し、私は2回目の脚延長手術を決意しました。
1回目の手術から5年。
そして今日で、2回目の手術から34日目です。現在、身長はすでに3cm以上伸びているはずです。
今日は医療アシスタントとレントゲンを撮影し、正確な伸び具合を確認する予定です。

脚延長手術 体験談:成長と痛みに向き合った41日間の記録
今日は手術後35日目。新しい一日が静かに始まりました。
目覚めて最初に行ったのは、アキレス腱のストレッチ、そして0.25mmの骨延長。
この延長は8時間ごとに行われ、まるで思春期の成長を人工的に再現しているかのようです。
しかし、これを「楽しんでいる」とはとても言えません。
筋肉の緊張による痛みは予想以上に早い段階で現れ、3cmを少し超えた今、左足のかかとは歩くたびに浮き上がってしまいます。
ここまでの経験から、3〜4cm以上を安全に目指すためには、術前の柔軟性アップとアキレス腱のストレッチがどれほど重要か、痛感しています。
理学療法の重要性
理学療法士のサポートは、対面でもオンラインでも本当に価値があります。
映画やゲームを観るよりも、運動動画を観ながら体を動かすほうが、その日の活動量は圧倒的に増えます。
誰かと進捗を共有するだけでもモチベーションが大きく変わります。
私自身、動画を撮影しながらリハビリをすると明らかにパフォーマンスが上がりました。
歩行と音楽の相乗効果
音楽を聴きながら歩くことも大きな助けになります。
昨日撮影した動画では、普段よりもリズムよく歩けている自分に驚きました。
さまざまな段階の歩行動画も下に載せているので、参考にしてみてください。
痛みに勝つためのマインドセット
昨日は特に筋肉の緊張が強く、激しい痛みに苦しみました。
そのときは正直、「医師たちはこの痛みを知らない」と感じてしまうほどでした。
“釘とネジで固定されて歩いているのは患者である自分だ” と。
しかし、音楽に合わせてストレッチをし、歩行器や松葉杖を使って10〜15分歩いた途端、痛みがスッと和らぎました。
血流が改善され、脚が必要としていた刺激が入ったのだと思います。
延長量と自己管理のバランス
今日から延長ペースを1日3回(0.25mm × 3)に落としました。
健康的で安全な成長を優先するためです。
多くの患者が6〜7cm以上を望みますが、これは現実的ではありません。
医師が「7cmで十分」と言っていても、欲張って延ばしすぎたために回復が大幅に遅れ、結果的に後悔している人を何人も見てきました。
術後の生活と日々の変化
今日は2022年10月10日。
初回手術から5年が過ぎ、現在2回目の手術から34日目。すでに3cm以上の成果が出ています。
今朝、医療アシスタントとレントゲンを確認しながら、進捗を一つひとつ確かめました。
自宅では、読書、英語の映画、戦略ゲームを楽しみながらリハビリに励む日々です。
この日記は毎日続けていて、いずれ一冊の本としてまとめるつもりです。
リハビリの大切さ
歩行量は増えてきましたが、左脚の緊張はまだ強く、かかとが床につかないこともあります。
アキレス腱のストレッチを増やし、1日4〜5回の歩行を目標に進めています。
最終的に結果を出すためには、患者自身がどれだけ主体的に動けるかが鍵です。
最後に伝えたいこと
骨延長の限界を無視し、数ヶ月歩行できなくなった患者を私は何人も見てきました。
安全を考えるなら、6〜6.5cmで止めるという覚悟が必要です。
また、外固定器具を使っている方は創傷管理を絶対に怠らないでください。
感染が起きれば骨の癒合は遅れ、激痛、赤み、腫れと闘うことになります。
私も初回のHolyfix手術でこれを経験しました。
術後41日目の夜に思うこと
今日は術後41日目の夜。
初回手術で4cmに達したときと似た、静かな興奮を感じています。
今回は過度な執着はありませんが、5〜6cmという現実的な目標に向けて、健康的に進んでいきたいと思っています。
私の現在
私はもう1.61mではありません。
12cmの変化を経て、見る世界も、生き方も変わりました。
2015年からこの手術に向き合い、多くの患者のサポートを続けてきた今、私は自分の会社を経営しながら、この経験を人生の糧にしています。
下記には、現在の私の最新の動画と写真を掲載します。

脚延長手術 体験談:共感と責任、そして傷跡を分かち合うということ
これは自分を誇示するための文章ではありません。
どこかで同じ悩みを抱えている誰かが、少しでも前を向けるように――そんな思いで書いています。
手術を受ける前の私は、人との関わりを避け、本の世界に逃げ込んでいました。
現実のすべてから距離を置き、誰とも深く関わりたくない。そんな日々を長く続けていました。
しかし今、私の脚延長手術の体験は、すでに何十万人もの人に読まれるようになりました。
その重みをしっかり受け止めて、同じ状況で苦しんでいる方々の力に少しでもなれたらと心から願っています。
私はこれからも、新しい意見や考え方、そして提案に対して常にオープンでいたいと思っています。
そして、手術から時間が経った今の私の傷跡も、隠すのではなく、ここで皆さんと共有したいと思います。
過去を受け入れ、未来へ進むために――その一部を一緒に見てもらえたら嬉しいです。
